神無月

本日から10月だ。別名「神無月」。俗説によると諸国の神様が出雲に集まるので、神無月という。出雲では神在月。そう言えば、今月は全国会員大会が北九州で開催される。神様ではないが、各地のJCメンバーが北九州に集合するのだ。そんなオチはさておき、今年も残り3ヶ月である。夜は10月度常任理事会が開催された。常任理事会も残り3回である。いよいよ来年へのカウントダウンが始まったような気がする。しかし、事業はまだまだ残っている。スポーツ交流委員会・FUKUOKA文化発信委員会・親睦委員会の3委員会の事業だ。今年の集大成としてきっちりと仕上げてほしいと思う。その点においては、本日の常任理事会は少々モノ足りなかった。自分が委員長なら?メンバーなら?市民なら?そんな視点で事業計画を読み込み、これまでの経験を活かしての発言を期待しているのである。何度も言うようであるが、今年を全力で全うしなければ、来年どう頑張れるのか?歴史や伝統とは、一年一年の積み重ねであり、その連続でしか成立しないのだ。泣いても笑っても残り90日。共に頑張っていこう!

帰福

本日は、朝から仕事だ。こちらのクライアントと打合せ。実は今回の東京行きが決まった後に、長男の運動会がある事を知ったが、時すでに遅し。残念ながら幼稚園最後の運動会は欠席となった。打合せも順調に終わり空港へ。台風が心配だったが、時間の遅れもなく定刻通りに出発した。後からfacebookでわかったのだが、糸島JCの田中宏明君は、夕方の便が欠航となり、もう一泊を余儀なくされたらしい。危なかった。今回の東京については、あらためて反省したい。予定の確認を怠った事。それにより周りの人に迷惑をかけた事。思い込みというのは危険で、確認さえしていれば、こんな事にはならなかった。もっと言えば、理事会が金曜日なら土曜日に仕事を入れて、その日に帰れば運動会も出れたのだ。残り3ヶ月で気付くのもどうかと思うが、遅すぎる事はない。今後の糧にしよう。

東京での一日

午前中の予定が何もないため、銀座へ。東京にいる高校時代の友人が同級生と結婚したのでそのお祝いを買いに。銀座は歩行者天国になっており、観光客や買い物客で賑わっていた。テーブルと椅子も出してあったりして少し休憩出来るようになっている。福岡のまちもこんなことが出来たら…と思ってしまう。さて買い物も終わり時間もあるので久しぶりに靖国神社へ行く事にした。お参りをしたあと、いつもは時間がなく入る事ができなかった遊就館に行った。この「遊就館」は、明治維新以降の資料や英霊の遺書や遺品などが展示してある。中に入ると若者からお年寄りまで多くの方が来館していた。中でも特攻隊員の遺書は涙なくしては見る事が出来ない。今の自分の年齢の半分くらいの学生が国を念い、戦場へ旅立っていったという事実。愛する祖国、愛する家族のために尊い命を捧げられた英霊のまごころに少しでもふれることは大事な事だと思う。東京に行かれた際は足を運ばれる事を是非、お勧めする。

日本JC理事会!?

明日の日本JC理事会にオブザーブするため、東京へ行く準備を進めていると新嶋特別委員長から電話が。「理事長、今日は来られますか?」「勿論!」「もうすぐ始まりますので、席を取ってます。」「???…。明日やろ?」「いえ、今日です」「……。」いつもは土曜日に開催の理事会が今月は金曜日だったらしい。いつ変わったのだろう。すぐに一緒に行く予定でだった青柳顧問に連絡したが、結局パック旅行のため、行く事になった。さて、東京についていつもの赤坂周辺で食事だ。今回は、青柳顧問、山田勝彦君、そして藤野君の4名だ。せっかく来てくれた3名には心からお詫びしたい。ただ、非常に楽しい一日だったが。明日は何をしようか。台風も心配だ。ゆっくり寝て考えよう。

機嫌を取り直した
藤野君

47年会

午後から 「FUKUOKA みらいフェスタ2012」の第3回実行委員会に出席。副会長には、大竹福岡ブロック会長も名を連ねているが、公務のため権藤運営専務が代理出席されていた。連日、お疲れ様である。夕方には、全国大会の件で長沼直前と打合せをし、19:30から第3回47年会に参加した。委員会でもない同期でもない、年齢が一緒の仲間での宴会は、なかなか新鮮で楽しいものだ。会長は大山特別顧問であるが、最後の挨拶で「卒業生として、福岡JCに何が残せるか一人一人が考えよう」という言葉があった。まさにその通りだ。委員会でもどこでも卒業生はすごく気を使ってもらえる。しかしそれは、あくまで残されるメンバーの気持ちである。我々卒業生はその想いに胡座をかくことなく、逆に私達が何が出来るのか、何を残す事が出来るのかを考え、実際にJCに恩返しをしなくてはならないのではないだろうか。役職や歴など関係ない。全員で来年以降の福岡JCのために最後まで頑張ろう!